外は、どんより曇り空で、しとしとと雨の音だけが聞こえる。 今日ははるの仕事もない、俺の仕事もない。俺の部屋で過ごす、珍しい休日。 はるは、せっせと編み物に興じ、俺は西洋の本を読んでいた。 それぞれが別の事をしながら、二人の時間を共有している。 雨の日に、二人だけで俺の部屋に籠っていると、まるでこの世界には俺とはるしかいないような気になる。いや、気というよりは、そうなって欲しいという願望だ。 誰もいない世界、二人だけの世界。窓の向こうの灰色の世界を見つめながら、なんて都合のいい妄想なのだろうかと、自嘲した。 「どうしたんですか、一人で笑って。」 ふと、本から顔を上げると、はるが不思議そうな表情でこちらを見ていた。 首をかしげている様が、小さな動物のようで可愛いらしい。 今日は使用人の仕事がないから、髪を下ろしている。 艶めいた黒い髪が、さらりとはるの肩をすべっていく。 「自嘲していたんだ。」 「何にですか?」 「いや、色々ね。」 俺はパタリと分厚い本を閉じて、はるを手招いた。 本にも飽きてしまったし、俺だけのお姫様を構いたい。 「おいで。」 小さな声で、はるを呼ぶと、不思議そうな表情が急に変わる。 まるで、華が開いたような美しい笑顔。 編み物を丁寧に、ソファに置くと、嬉しそうに、とことことこちらに近づいてくる。 あぁ、とてもはるが愛おしい。 もしかしたら、はるはずっと俺が本を読み終わるのを待っていたのかもしれない。 なんて、自惚れてみたり。 俺の目の前に来ると、ちょっと躊躇いがちに、ゆっくりとはるが手を回してきたので、なんだかもどかしくて、、素早く腰に手を回して引っ張った。 わわ、と小さく驚きの声が聞こえたけど、そんなのお構いなしに強く抱きしめると、苦しいですと、抗議の声が聞こえた。 それも無視して、俺ははるの首筋に顔を埋める。 女の子の、はるの、香りがした。 「いい匂い」 「ひゃあ!く、く、首元で喋らないで下さい」 「どうして?」 はるの反応がおもしろくって、首筋に息を吹きかけてやると、また小さく声を上げた。 「も、もう!やめてください!」 ずいっと、はるが離れようとするから、躍起になってまた抱きしめた。 耳元が真っ赤になってる。 「もう!いたずらするなら離して下さいっ!」 「いたずらって、どんなこと?」 「いっ、いたずらはいたずらです!」 じたばたと暴れるはるを抱きしめながら、思わず笑みがこぼれる。 好きな子の少し嫌がる顔って、なんだか、好きだ。 「言わなきゃ、どれがいたずらか分からないよ」 すぐに、いじめたり、からかったりするのは俺の悪い癖だ。 けど、顔を真っ赤にして俯くはるが可愛くてついついやってしまう。 はるの顔を覗きこんで、返答を待っているとますます顔が赤くなる。 伏せた目、長いまつ毛、白い肌、はるの全てが可愛くて、我ながら、重症だと感じる。 はるの返答がないので、俺は我慢が出来なくなって、もっと顔を近づけた。 下を向くはるの唇に、軽くキスをする。 「……これは、いたずらになるかい?」 囁くように聞くと、躊躇いがちに真っ赤な顔で、はるが小さく首を振るので、愛おしくてたまらなくなった。 俯く顔も、すねる顔も、笑う顔も、照れる顔も、全部見たくて、全部自分のものにしたくなる。 二人だけの世界になってしまえばいい、と。 二人だけの世界なら、はるの全ては俺のものになるのに。 二人だけの世界なら、俺ははるのものになるのに。 そんなくだらない事を考えながら、もう一度はるにキスをした。

二人だけの世界

<11.04.01>