雨の音で目が覚めた。しとしと、しとしと、と降り注ぐ雨。
カーテンの隙間から、薄暗い灰色の世界が垣間見れる。
時計の針は4時を指している。使用人時代の生活が体に染みついているのだろうか。
自然と目が覚めてしまった。
起きるのにはまだ少し早い。だからと言って、寝るのには少々微妙な時間だ。
後ろで私を抱きしめる暖かな体温の持ち主を見ようと、寝がえりを打った。
「……茂さん、起きてたんですね」
少し首を上げ、茂さんの顔を見た。
そこには、優しく微笑んだ茂さんの顔があった。
「おはよ…の時間にはちょっと早いかな」
そう言うと、茂さんは私の体をより一層抱きしめた。
茂さんの肌蹴た肩から伝わる温度が、心地いい。
とくん、とくん、と彼の心音が聞こえる。
時折、頬に触れる長い髪がくすぐったい。
「ねえ、おはるちゃん」
「……はい」
茂さんが、力強く私を抱きしめる。
さっきよりももっともっと強く、何かに縋るように。
「……どうかしたんですか?」
「……――夢に、見るんだ」
「夢、ですか?」
茂さんの吐息が首筋にかかる。
囁くようなその震えた声が、鮮明に耳の奥に伝わってくる。
いつもとは違う様子に、少しだけ不安になる。
「俺は拳銃を持っていて、真黒な何かが、ずっと俺を追ってくるんだ。ずっとずっと。走っても走っても。」
「……」
「足が疲れて、途中で息が出来なくなって、そこで目覚めた。」
雨は、強さを増したようで激しい雨音に変わった。
地面を打ち付けるような音が、静かな部屋に響く。
「……本当、参っちゃうよ」
そう言って、茂さんは力なく笑った。
けれど、私を抱きしめる力は強く、指先がかすかに震えている。
茂さんの恐怖と不安が、私にも痛いほど伝わる。
「茂さん。」
茂さんは、きっと一生あの事を忘れることなく生きていくのだと思う。
他人の意図だったとしても、茂さんが引き金を引いてしまったことには変わりがない。
どう頑張ったとしても、あのことを消すのは到底無理な話なのだ。
「茂さんは、一人じゃありません。私がいます。」
「……。」
「私が一緒に、その過去を抱えます。一人じゃないんです。一生その記憶を一人で背負っていくには、辛すぎます。私も一緒です。だから、大丈夫。」
そうポツリポツリと、言葉を伝える。
この言葉が、雨のように茂さんの心に染み込んでいけばいい、そう願いこ込めて。
「はる、…いつも君には助けられてばかりだ。」
「私は茂さんの妻です。助けるのは当たり前です。」
「はる。きっと、この夢は一生見続けるものだと思うんだ。だけど、背負って生きてくって決めたから…」
「茂さん、一緒に背負ってく、の間違えですよ?」
そう言うと、茂さんは私から少し抱きしめる力を緩め、少し体を離した。
茂さんの顔が、目の前に現れる。
瞳の奥は、少しだけの不安があった。けれど、優しい目をしていた。
私は、茂さんのこの目が好きだ。
「それに、今度その夢を見ても大丈夫です!私が、その真黒の敵から守って見せます!」
「へ?」
「だから、大丈夫です!」
茂さんは、私の顔をキョトンと見つめた。
その後、何かの糸が切れたように、笑い始めた。
茂さんの瞳には、もう不安は見られなかった。
「本当に君には参っちゃうよ。」
茂さんは、もう一度、私をぎゅっと抱きしめた。
私も、茂さんの背中に手を回す。
暖かで、少しだけゴツゴツしてる。
あやすように、ポンポンと触れれば、いつのまにか茂さんは寝息を立てていた。
安心したのだろうか。
雨音は、弱くなっていた。きっと、小雨になったのだろう。
今日は、家で編み物をしよう。そして、二人でいっぱい話そう。
そう思い、暖かな体温に身を任せ瞼を閉じた。
今度の夢では、私が守ってみせよう。
<10.09.16>