トイレの中の暗闇が、こちらを見つめているような気がした。 真っ暗の中から、ツンとした匂いが立ちこめる。 その匂いに、もっと気分が悪くなり、私は急いでトイレを出た。 洗面所の鏡越しに映る私は、いつもの自分と違う表情をしていた。 私は、なんとなくそれが怖かった。 便所を出ると、バッタリと雅様と出くわしてしまった。 あぁ、なんて間の悪いこと。 自分の運の悪さを呪いながら、口元を押さえていたハンカチをとっさに背中にかくした。 背中に隠れたハンカチを目で追った後、雅様が怪訝そうな顔をした。 「どうしたの?」 「いえ、ちょっと体調がすぐれないもので。」 「ちょっとじゃないでしょ、すごく顔色悪いんだけど。」 雅様は、私に駆け寄ると肩を支える。 冷たくて大きな手が、私の肩に触れる。 昔は、小さい手をしていたのにいつの間に、こんなに大きく男らしい手になったのだろう。 気持悪いという不快な感覚の中、頭の片隅でそんなことを考えた。 すると、いつの間にか、雅様に連れられて自室の前のいた。 雅様は急いで私をベッドに寝かせると、使用人に医者を呼ぶように言った。 雅様の心配そうな顔が、私の顔を覗き込む。 泣きそうな顔。不安そうな顔。怪訝な顔。 全ての顔が、ごちゃまぜになって一つの表情になっていた。 「ねえ、体調悪いんだったらなんですぐに俺を呼ばない訳?」 「……。」 「はあ……。今、俺、すごく心配してるんだけど。」 雅様は不機嫌そうに、ボソリと呟いた。 私は、相変わらず昔と変わらないなあ、と思い少しクスリと笑ってしまった。 先ほどの不快感と不安感が、少しだけ和らぐ。 しかしそれも、一瞬でまたすぐに次の不快感が胸のあたりをぐるぐる回った。 「ねえ、はる!分かってるの!?」 「はい、すみません……。」 気持ち悪さの中、小さく返事をした。 雅様は、少しイライラしているようだった。 そして、何かを思案するように部屋を行ったり来たりしていた。 雅様の足音だけが、部屋に響いているような気がした。 「ねえ、はる。聞きたいんだけど。」 突然、雅様は行ったり来たりするのをやめ、私のベッドの前の椅子に腰を下ろした。 先ほどとは打って変わり、顎に手をあて、真剣な目をしていた。 私はなんとなく、まずい予感がした。 また、胃の奥から物が出てくるような気がした。 「……もしかして、さ、」 「……はい」 「はるさ、」 「は、い」 「……妊娠して、るんじゃないの。」 まずいという予感は的中だった。 言葉を一つ一つ大事そうに区切りながら、雅様は私に聞いた。 最後の言葉を聞いた瞬間、あぁ、この人に隠し事は出来ないんだったなという事を思い出した。 宮ノ杜家一、頭の切れる人だ。昔から変わらない。 この人に、隠そうとした私が間違いだった。 「多分……しているんだと思います。」 私は、つばを一口ゴクリと呑みこむと、ハッキリとした発音で答えた。 雅様は、驚いた表情を浮かべた。 どきり、心臓が飛び上がる。 しかし、次の瞬間には雅様は私の腹を撫で頬笑みを見せた。 「そういう事、早く言ってよね。」 そう言った雅様の表情に、ドキリと心臓が高鳴った。 昔はこうやって言う小言も、嫌味ったらしさが多かったのに。 今は、嫌味ったらしさなんて微塵もなかった。 優しさ、艶っぽさ、男らしさ。 全てを兼ね備え、大人の男となり、憂いをおびた表情の彼が、私の腹を撫でる。 なんとも愛おしげに。 「本当にお前って馬鹿。」 私の心臓は、未だ、高鳴ったままだ。 どきり、どきり。 あまりにどきどきするものだから、気持ち悪さなんてどっかに押しやられてしまった。 あぁ、本当にどきどきしてしまう。顔が熱い。 私は、このドキドキから解放されたくて雅様が早く私の腹から手を離してくれないかと思った。

新しいトキメキ (私また、雅様に恋をしちゃったみたいです)

<10.11.02>