勇様に抱かれている時、私はとても幸せだ。 意図も容易く、私を快楽へと導いてしまうのだから。 その反面、時たま思う事がある。 勇さんは、何人の女性を抱いてきたのだろうか、と。 宮ノ杜で御勤めしている時から、勇様の話は色々な所で耳にしてきた。 彼は、軍人の嗜みである、と言ってその話を煙に巻いていたが。 下世話な考えであることは、分かっている。 けれど、時たまその事を思うと、切なくて仕方がなくなってしまう。 今さら、こんな事を思ってもしょうがないのに。 彼の初めてが私であったら良かった、そう思ってしまうのだ。 「贅沢で我儘な願いですよ、ね。」 溜め込むのは下手ではない。 けれど、隠すことは苦手だった。 テラスで物思いに耽っていると、茂さんに出くわした。 あれよあれよという間に、茂さんの口車に乗せられ、ポツリポツリと本音を漏らしてしまった。 何と言う失態!しかし、隠しこんだ思いを吐きだした瞬間、どこかホッとしたのも事実だった。 「まあねえ、我儘な願いっちゃ願いだけども、おはるちゃんの言ってる事も理解出来るよ。……でもさあ、勇兄さんの年齢いくつか分かってる?」 「32歳です。」 「その年で、未経験ってのもアレでしょ?かなーり、問題あると思うよ。」 「……た、確かに。」 茂さんの言った事に、妙に納得をしてしまった。 確かに、32歳で今まで色恋沙汰や女遊びがなかった、という方が問題じゃないのか。 「まあ、でも、女の子にとってはそうゆうのって気になっちゃうことだからねえ…。」 そう言って、茂さんは目を細めながら私の頭を撫でた。 その時だった。 突如、扉が開いたと思えば、物凄い剣幕で勇様がテラスに入ってきた。 「茂っ!人の妻に何をしておる!」 「わぁ!噂をすれば、影ってね!」 茂様はどこか面白可笑しいと言った面持ちで、私の肩を引き寄せた。 「たまには、我儘言ってみてもいいんじゃないの?」 茂様は、耳元でに唇を寄せ囁くと、パッと手を離した。 茂様の肩越しに見えた、勇様が何か怒鳴っていたけれど、茂様の言葉で勇様のどなり声は全く耳に入ってこなかった。 茂様は、手をひらひらさせながら、ゆっくりとした足取りでテラスを出て行った。 「邪魔者は退散しますね〜!あ、おはるちゃんが、聞いて欲しい事があるってよ〜。」 バタンと虚しく、ドアが閉まる音だけが響く。 二人っきりのテラスに、重い沈黙。 最初に口を開いたのは、勇様だった。 「……はる、何か聞いて欲しいことがあるようだな」 「あ、あのっ…!その!」 慌てて口を開けば、何を喋っていいかも分からず、上手く言葉にならなかった。 勇様は、先ほどから眉間に皺をよせたまま、ピクリとも表情を変えなかった。 「言ってみよ。」 「な、なりません!」 「何故だ?茂には言ったのであろう!夫の俺には言えんのか!」 結婚後、今までに見た事のないくらいの剣幕で勇様が怒鳴った。 ここまで来てしまっては、言わざる負えない。 そして、茂様がこうゆう機会を与えてくださったのだ。 言ってしまおう。 私は、腹をくくり、言葉を選びながら自分の思いを話した。 「……――ふむ、そのような事を考えていたのであったか。」 「す、すみません!本当に、我儘な思いだとは知っています。ですから、今の話はすぐに忘れてください……!」 勇様は、黙り込んだ。 やはり、我儘な妻だと思ったのか。 言って後悔する事は、今までにだってよくあった。 今も、まさにそれだ。 後悔先にただず。 「……はる、俺は昔、一生妻は娶らぬと言ったのを覚えているか?」 「はい。」 「昔の俺にとって、女遊びなどという物は、軍人としての嗜みでしかなかった。そして、将来結婚しないのであるのだったら、どんなことをしても構わない、そう思っていたのだ。」 「はい。」 「けれど、今さらになって俺も後悔しておる。こんなに、大切な人が未来に出来ると分かっていたのであったなら、俺とてあのように沢山の女遊びはしなかったであろう。」 勇様は、何を言おうとしてるのだろうか。 結論は、見えなかった。 「過去は変えられぬ。はる、それは、分かっておるな?」 「はい、分かっております。ですから……その!今言った事は、忘れて頂いて……――」 「しかし、未来は変えられるのだ!」 勇様は、私の言葉を遮り、ハッキリと言葉を発した。 「はる、俺は今、お前を一番愛している。お前が俺の最後の女だ。そして、はる。はるにとって、俺は最初の男であろう?」 「はい。」 「不安になる要素など、どこにもないではないか。俺は、お前以外なにもいらんのだ。」 そう言って、勇様は私をぎゅっと抱きしめた。 勇様の言葉に、自分の言った事が、愚かであると気付き、涙が出てきた。 なんて、私は馬鹿なんだろう。 勇様はいつでも、私を一番に想っているのに、私はうじうじ過去を気にして。 馬鹿な妻だ。 「すみません……。本当に私は愚かです。私も勇様を、一番にお慕いしております。」 「安心したか?」 「はい!」 勇様の背中に手を回しながら、泣き顔を見られぬよう、胸に顔を埋めた。 この体も、この匂いも、この優しさも、全て私だけに向けられているものだ。 何を不安に、思っていたのだろう。 「ふふっ……私は本当に大馬鹿者です!」 「そうであるな。馬鹿な事を考えよって……。お前は今、そして、未来の俺の事だけを考えていればよいのだ。」 「はいっ!」 「あと、他の男に容易く話かけるでない。」 「ですが、茂様には相談に乗って……――」 「相談は俺にしよといつも言っているであろうが!」 勇様の怒鳴り声ですら、愛おしい。 馬鹿な私をお許しください。 私にとって、勇様は最初の方。 そして、勇様にとって私は最後の人。 こんなに幸せなこと、他にあるもんか。

の人、最の人 (安心したら、お腹が空いた。)

<10.10.04>