「ねえ、今夜、俺の部屋来て。」 食堂を出る間際、博が耳元でこっそりと囁いた。 いつもよりも低い声で、私以外に誰にも聞こえないように。 「なんで?」 博の服の袖を掴んで引き留めた。 前よりも、背が高くなった気がする。 「いいから、ね!」 そう一言だけ言うと、博は自室へと向かって行った。 博の吐息がかかった耳は、熱を帯びていた。 5年経って、博は変わった。 何が変わったかは分からない。 けれど、なんだか、ドキドキする。 最後に食事を食べ終わった雅様を見送った後、食堂の片づけをした。 博があんな事を言い残していったせいで、体がなんだか、ソワソワする。 片づけをしながら、博と会えることを考えた。 食堂片づけ終わると、もう今日は上がっていいわよ、と使用人頭になったたえちゃんが言い放った。 私はたえちゃんのこういう気づかいが、好きだ。 私は、お礼を言うとすぐさま博の部屋へと向かった。 「博。」 部屋をノックすると、返事が聞こえた。 博いる博の部屋に入るのは、久々だった。 「いらっしゃい。」 「…うん。」 博の部屋は、洋行の荷物で散らかっていた。 沢山の鞄が、床に無造作に置かれている。 扉の前に立っていると、博がおいでと手招きをした。 私は恐る恐るベッドに、座っている博に近づいた。 なんだか、怖かった。 ちゃんと博と気持を確認し合ったのに、恐怖と不安は消えなかった。 本当に、博は私を好いているのだろうか。 5年前と違う博。大人な博。 5年間、私は博を待って働いてきた。 博は5年間、洋行で様々なことを学んで来ただろう。 その差が、怖かった。博はこんな私に、もしかしたら、すぐに飽きてしまうかもしれない。 「どうしてそんなに、不安そうなの?」 博は、私の顔を見上げた。 ランプに照らされた博の顔。 前よりも、男らしくなった。 前とは違う博。 「黙ってないで、言ってよ。」 「……。」 「俺に言えないこと?」 博の真剣な瞳に、負けてしまった。 ポツリポツリと、言葉が口から漏れていく。 「…私ね、博がいっぱいいっぱい変わっちゃって、すごく不安なの。」 「うん」 「だって、博は洋行でいっぱいいっぱい学んできたでしょ?」 「うん」 「でも私は、何にも変わってない。博をただ待ってただけ。」 「うん」 「その差が怖いの。」 「うん」 「私の事…飽きちゃわないかな…っ」 「飽きるわけないよ」 博は、私の手を握った。ぎゅっと、力強く。 ふと、記憶がよみがえった。 不安な時、いつも博と手を握り合ってたっけ。 「はるは変わった。俺以上に。はるは、そう感じないかもしれないけど。俺もはると一緒で、不安だよ」 「博…」 「でも、はるを俺が手放せる訳ない。」 博の瞳の奥に、少しの不安が見えた。 けれど、言葉は力強く、握る手もより一層力強くなった。 「だから、安心して。」 「博っ…」 嬉しくて嬉しくて、博に飛びついた。 博は驚きの声を上げ、笑った。 私はこの暖かくて力強い体温に、身を任せ瞼を閉じた。 きっとこの先も大丈夫。 今はただ、博に触れていたい。そう思った。 <10.09.17>